当会議室に隣接する明覺寺では、
毎月「今月の法語」を掲示しています。
難しい仏教の言葉ではなく、
少しでも親しみやすい言葉を掲示し
道行く方の心に届くようにと願っています。
今月の言葉はこちら。
【善人の家に争いは絶えず 悪人の家に争い事なし】
「あなたは善人ですか?」
こう尋ねられたらどうでしょうか。
胸をはって「私は善人だ!」と言えますか?
そうは言えなくても、
「善人とは言い切れないけど、少なくとも悪人ではないかなあ…」
とお感じでしょうか。
悪人。こう聞くと法的に裁かれるような犯罪をしてしまった人。
を想像されるかもしれません。
しかし、仏教で言う悪人はそうではありません。
自己中心的で、自分の基準で好き嫌いを決め、
自分の都合に合わないものを排除していく在り方を悪人といいます。
さて、私の姿はどうでしょうか。
悪人ではないと言い切れるでしょうか。
少なくとも、私は悪人そのものだなあと思います。
自分の好きな人、嫌いな人も私が基準。
良い天気、悪い天気も私が基準。
自分に気に入らないことがあったら腹を立てる。
まさに悪人そのものです。
でも、この悪人の自覚こそが大切だよと教えてくれるのが仏教です。
自分が「自己中心的にしか物事を見ることができない」存在だという
自覚があれば、争い事のブレーキをかけられるというのです。
相手の言動に腹を立てた。
でも、ちょっと待てよ。
私にも原因があって、相手はそんな言動をしたのではないか。
自分だけが正しいと言えるかな…。
と気づくことができるということです。
これは相手にも言えることです。
だから、「悪人の家には争い事がない」のです。
一方「自分は善人だ」と思っているうちは、 争いが絶えないのかもしれません。
善人というのは、悪人に対して、自分の絶対性を誇るところにあります。
私が正しい!絶対間違っていない!
こう正義の刀をお互いに振りかざしているうちは、
争いは絶えないと思います。
振り上げたその刀が本当に正しいだろうか…。
こう見つめ直すことが大切です。
これは日頃の人間関係でも言えますが、
国家間の争いの根本も突き詰めればこれに到るのではないでしょうか。
「悪の自覚」こそが良好な関係作りのスタートだと思います。
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